東京高等裁判所 平成2年(ラ)62号 決定 1990年4月04日
抗告人 吉田美佐子
主文
原審判を取り消す。
抗告人の氏「吉田」を「高野」に変更することを許可する。
理由
一 本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消し、本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。」との決定を求めるというのである。
二 そこで、検討するに、原審記録及び当審における抗告人に対する審問の結果によれば、次の各事実が認められる。
1 抗告人(婚姻前の氏「高野」、昭和39年5月18日生)は、昭和61年6月21日に吉田忠道との婚姻により、夫の氏である「吉田」を称することになった。
2 抗告人は、平成元年1月9日、吉田忠道と協議離婚したが、その届出に際し、市役所職員から、戸籍法77条の2の届出をすれば、「吉田」を続称することができると教示されたので、離婚の事実を知人に知られたくないと思っていた抗告人は、婚姻前の氏「高野」が本来の氏であり、それへの変更には困難はないと信じていたこともあって、右届出をした。
3 抗告人は、離婚後、肩書住所地の県営住宅で単身で生活しているが、千葉県印旛郡○○町の実家に居住する母・高野文子が、平成2年4月以降、弟の就職により単身となるので、抗告人が実家に戻り、実質的に実家を継承することが決まり、抗告人は、母と違う氏であることは不便であると感じ始めた。そこで、平成元年9月に勤務会社を変えるに際し、その会社に対し自己の氏を「高野」として届け出、その後、まもない同年10月6日に、原裁判所に本件申立てをした。
4 その後、抗告人は、母との同居を前提に、借地である実家の底地買取りを地主と交渉したが、母と氏が違うために、第三者が買い取るように誤解され、右交渉は難航している。
5 また、勤務会社では、戸籍上の氏「吉田」と通称としての「高野」とが混用され、抗告人は困惑している。
三 右認定事実によれば、抗告人は、同法77条の2の届出をするに際し、思慮不足で安易な選択をしたものといわざるをえない。しかし、右届出に際し、婚姻前の氏は自己の本来の氏であり、後にその氏へ変更することにさして困難はないと判断したことについては、これを強く非難することはできないというべきである。したがって、このような者が、その氏が社会的に定着する前に婚姻前の氏への変更を申立てた場合においては、それが恣意的なものではなく、かつ、その変更により社会的弊害が生ずるおそれがない限り、同法107条1項の「やむを得ない事由」の存否を、一般的な基準よりもある程度緩和して判断しうるというべきである。
四 そして、抗告人が右届出をしてから本件申立てに至るまでの期間は9か月弱、吉田忠道との婚姻期間は約2年半であって、いずれも短期間であり、抗告人の「吉田」の氏は、社会的に定着しているとはいえず、本件申立ても、母との同居等に伴う社会的不便によるものであって、恣意的なものではなく、また、「高野」への変更により社会的弊害が生ずるおそれも認められないから、「吉田」を称し続けることによって抗告人が被るべき前記認定のような社会生活上の支障を考慮すれば、本件申立ては、同法107条1項の「やむを得ない事由」があるものとして、認容するのが相当である。
五 したがって、本件申立てを却下した原審判は、相当でないからこれを取り消すこととし、また、本件については、家事審判規則19条2項を適用してみずから審判に代わる裁判をするのが相当であるから、本件申立てを許可することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克巳 河邉義典)